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【レポート】「愛され必要とされる企業となる瞬間」―マテックス株式会社代表取締役松本浩志さん―

2017.10.19(木)

19:00-21:00

レポート詳細

■対話のなかで、理解を深める
  
いままでいくつもの「愛され必要とされる」企業の経営者の話を聞いてきた。今回のゲストである松本浩志氏が代表取締役を務める、マテックス株式会社もそのひとつだ。同社は窓を商材とする卸売業者であり、2009年に松本氏が先代から経営を引き継いだ。社員からも、取引先からも愛され必要とされる同社にはどのようなストーリーがあったのか、何がトリガーだったのか。自らを「助産師」と語るファシリテーター、但馬武氏の進行のもと紐解いていった。
 松本氏は米国のビジネススクールを卒業した後、4年ほど大手電機メーカーに籍を置いていた。経営学の最先端の地で合理的な経営手法を学んだ同氏は、そこで効率至上主義という幻想に陥ったという。しかしその考えは、2002年にマテックスに入社し、打ち砕かれた。
 「入社して最初の仕事は社内の業務フローのデザインでした。今まで通り、効率や生産性を重視しプログラムを組んでいたが、現場からは同意が得られず、正直ボロボロでした。その仕事がきっかけで、独りよがりではなく対話しないとうまくいかないということを学びました」
 効率至上主義から脱し、人との対話の中で物事を進めることの重要性を知った松本氏は、先代から経営を任されたのを契機に様々な 施策を試みた。初めに手を付けたのは、経営理念の見直しとコア・バリューの策定だ。コア・バリューとは、会社の核となる価値観であり、社員全員が共有すべき価値観のことだ。皆が同じ価値観のもとに行動するということは、組織運営の理想だろう。理想だからこそ、ハードルが高い。実際松本氏が社内に呼び掛けた際も、反応はまばらだったという。
「『社長が素晴らしいことを言っているのはわかる、でも目の前の仕事をしなきゃいけない』という反応がほとんどでした。ただ、そんななかでも共感してくれる人たちがいた。もともと一発で浸透するなんて思ってなかったので、徐々に浸透させていこうと思いました」
 経営理念、そしてコア・バリューを浸透させるために、同氏は「経営理念浸透カフェ」という名のイベントを実施した。松本氏が各事業所を訪問し、社員一人ひとりとリラックスした雰囲気で語り合うというものだ。思いを伝えるだけなら、メールを作成し送信ボタンを押すだけで事足りる。しかし、そうではなく直接の対話のなかで伝えていくという、一見すると果てのない作業を選んだ松本氏の姿勢に、心打たれた社員も多いのではないだろうか。

Cap:理念経営について説明する松本浩志氏

 

■企業も人も、生態系のなかで生きている
 マテックスの経営には、徹底した理念経営のほかに特筆すべき特徴がある。それは「業界の生態系を維持」していることだ。マテックスが所属している住宅設備業界では、他のほとんどの業界と同じように流通構造の再編が行われている。つまり、従来の「原材料→メーカー→卸→小売り→地域事業者→最終消費者」という構造が崩れつつあるということだ。メーカーが卸や小売りを挟まず直販体制を取ることもあれば、卸がダイレクトに最終消費者にコンタクトを取ることもある。窓は特殊な製品であり、家の構造等によってカスタマイズが求められる。そして、その役割を担っていたのが最も消費者に近い地場の小さな工務店のような地域事業者だった。彼らをスキップしてしまえば、消費者が本当に求めるものを届けられないし、地域に根差した細やかなケアも行き届かなくなる。
「このまま直販体制が続けば、必ず価格競争に陥って、だれも望まない結果になる。そういう状況を家電メーカー時代何度も見てきました。そういう競争の中でも見失ったらいけないものがある。」
 松本氏は業界の流れに逆行して、従来の流通システムを維持するという決断をした。さらに、消費者が本当に望むものを届けるために、地域事業者に対し経営のノウハウを伝えるセミナーを開いたり、広報代行等のサービスを提供したりと、積極的なサポートを行っている。
「周りが目先の売上を求めるなかで、地道に地域を何とかしてたら、『やっぱり卸おらんとあかんわ』って言ってくれるようになってきたんですよね。皆がやってるからうちもじゃなくて、業界ごとに最適な形ってあると思っていて、その形って言うのはずっと模索中です」
 企業が営利を求めることは、その存在意義であり、決して否定されるべきものではない。利の求め方が重要なのだろう。マテックスのように大局的に、関係者のことを考えながらサステイナブルな利を求めていくことは、難しい。しかし、実現できれば関係者からの信頼や愛は確かなものになるだろう。

 

■人の魅力と場の力
 松本氏の講話の後、班ごとに感じたことを共有する時間が設けられた。筆者が参加したグループでは「最適」というワードに関心が集まった。「企業の規模や状況によって、最適な戦略は変わってくる」(経営者)、「理に適った最適な選択だからこそ、人も聞く耳を聞いてくれるのだろう。もちろん、社長の人徳もあると思う」(ファイナンシャルプランナー)など、「最適」であることが「愛され必要とされる」ことにつながるのではという議論が交わされた。
 我々のグループの結論でもある「最適こそ最愛である」という仮説が生まれるまでのプロセス、皆で語り合う時間は非常に楽しく、濃密なものだった。TIP*Sに集う人々は、皆高い志とモチベーションを持って参加している。 熱い刺激が飛び交う「場」には新しい何かが生まれる、そんなエネルギーが満ち溢れていた。

Cap:「愛され必要とされる企業」には何が必要か

(文:酒巻 徹)